市長インタビュー

ドキドキワクワクできる大地で
失敗を恐れずにチャレンジを

米沢 則寿

帯広市長

高校生の自分では見つけられなかった
十勝の圧倒的なポテンシャル

日高や大雪の山々に囲まれた、広大な十勝平野は、「日本の食料生産基地」。高校卒業まで十勝で暮らし、違う世界に憧れて地元を離れた私が、50歳を過ぎたある日、大人の比較感を持って、この「食料基地」という言葉を見たとき、大変なことだと気づきました。

十勝の小麦の生産量は、国内の4分の1のシェア。ジャガイモは3分の1、小豆に至っては6割。この数字が何を意味するか。2年前に台風の影響で十勝でジャガイモが不作だった時、ポテトチップスの販売が休止されたことがありました。それだけ、マーケットに対して影響力を持つ地域ということです。私は、長くベンチャーキャピタルの世界にいましたが、十勝農業の圧倒的なポテンシャルは、ビジネスや投資の視点で見ても、高く評価できると思います。

十勝の風景は、フランスなどヨーロッパの農業国の風景に似ていると、よく言われます。ワールドクラスの農業が展開される中で育まれた技術は、例えばインドなどの農業国へ応用できる可能性もあります。これは、地域にとって大きな強みです。日本最大の農業地帯で、世界にも通じる、存在感のある地域。ここで、自分なりに夢を描いて挑戦できるというのが、この地域の面白さだと思います。皆さんには、この地が持つ将来性や可能性をチャンスと捉えて、歩みをともにしてほしいです。

若者は気づき始めている、価値の変化

8年前から、十勝が一丸となって進めているのが、「フードバレーとかち」という取り組みです。この地域の強みである食や農業を柱に、産業の活力を高め、安心して暮らせる地域づくりを進めています。このためか、最近は、多くの若い人たちが十勝に移り住むようになっています。2010年と2015年の国勢調査を比べると、十勝では、25~29歳の人口が約1,500人、30~34歳が約900人、それぞれ増加しています。こうした動きは、北海道ではこの地域だけです。

私も若い頃は、大都会や海外に憧れていました。それは、情報や距離の格差から生じるものだったと思います。そして、その格差をクリアできるのが、大企業などだった。自分の成長を考えたとき、こういうところで働かないと、ハンディキャップがあると思っていたんです。ところが今は、地方にいても、入ってくる情報やアクセスできるものの格差はなくなってきていて、それなら、大都会や海外に行く理由はない。若い人たちは、そういうことに気づき始めているんじゃないでしょうか?

こうした変化を感じ取り、この地域の優位性やポテンシャルに関心を持ってくれる若い人たちが、増えてきているのではないか、と思います。その意味では、「マチリク」の仲間や先輩が、すでにこの地域でカッコ良く活躍しているということ。十勝・帯広での就職を考えている方たちには、心強いデータかもしれません。

チャレンジを応援し、失敗に寛容な十勝人

十勝は、農業と周辺産業に活気があり、採用意欲の高い企業も多い地域。地元の銀行が、行政などと連携し、新たな仕事づくりを後押しする「とかち・イノベーション・プログラム」など、起業支援にも力を入れています。帯広市の小麦の作付面積は、山手線の内側とほぼ同じ。「山手線の内側全体に広がる小麦畑で、どんなことができるだろう?」と、想像力豊かにワクワクする、そんな若者たちが、シリコンバレーのように、十勝にどんどん集まってきて、元気に活躍してくれたら面白いと、心から期待しています。

また、十勝の人は、とにかく面倒見が良く、助け合い精神が旺盛。これには、屯田兵など「官」によらない、「民間」による開拓の歴史が影響しています。北海道のうっそうとした原野は、とても一人では切り拓けなかった。畑も一人では耕せなかった。必然的に隣同士で助け合う気風がつくられてきた。だから、新たな挑戦を応援し、失敗には寛容。そして、おおらかで、底抜けに明るい。これが、十勝人の魅力だと私は考えています。

十勝は、知れば知るほど、ドキドキ、ワクワクする魅力ある地域。まずは、自分の足でこの大地を踏みしめて、おいしい水や空気、季節の恵みを全身で味わってもらえれば、きっと、この地域で働いてみたくなると思います。皆さんには、チャレンジ精神を持ち、失敗を恐れずに、いきいきと働き、地元の人が気づいていない新しい価値を生み出してほしいと願っています。

米沢 則寿

帯広市長

1956年生まれ、北海道帯広市出身。北海道大学法学部卒業。1978年、石川島播磨重工業(現IHI)入社。1985年から投資会社の日本合同ファイナンス(現ジャフコ)へ。2010年、帯広市長に初当選。現在3期目。