市長メッセージ

民間の力が支える街づくり
目指すは“日本で一番の街”

小浮 正典

豊明市長

豊かな歴史を持つ街の課題は“人口問題”

豊明市は、愛知県の中央部に位置し、名古屋市南部に隣接する人口約7万人の市です。市内には、織田信長が今川義元を破ったことで知られる戦の「桶狭間古戦場伝説地」や、「JRA中京競馬場」などが全国的に有名です。毎年行われる「桶狭間古戦場まつり」では、300人以上の武者行列が一番の見どころ。当時の武者に扮し甲冑を身に着けた人々が勇ましく勝鬨を挙げる姿は必見です。
また、市内にある「藤田医科大学病院」は国内最大級の医療施設。様々な高度医療や幅広い診療科目を有し、市民の健康面を全面的に支えています。さらには市外ながら車ですぐの距離に大型ショッピングモールも複数あり、住環境の整っている豊明市は、名古屋市をはじめ、豊田市や刈谷市などのベッドタウンとしての側面も持っています。しかし現在は進学を機に上京した学生たちの流出などもあり、市の高齢化率は26%近く。全国の自治体と同様に「人口問題」が課題となっています。そのため現在は、“安全・安心な街”となるべく住環境をより良くすることに注力。長く住むほど良さを実感できる街づくりを目指しています。

“健康寿命日本一の街”への挑戦

私は、豊明市が将来的に“健康寿命が日本一長い街”になれると確信しています。
実は豊明市は、大学の医療機関という「知」の集積があるだけでなく、地域組織や市民も積極的に健康寿命延伸の取組みに関わっているのです。行政主催の運動教室にも多くの参加者が集まってくれていることからも、市民の積極性が伝わってきます。
さらには、市内の民間企業までも健康寿命延伸に関わる社会貢献活動に取り組んでいただけています。例えば生協が高齢者宅への宅配サービスを無償化したり、カラオケ店や楽器店で昔の歌を使った健康体操を行ったり、医療関係でない企業も、積極的に加わってくれています。そんな企業の動きを支援するべく、行政としてもそうした活動を行う企業と協定を結び、広報誌やイベント内でそのサービスの紹介を行っています。当初は「行政が一部の民間企業に肩入れするのはいかがなものか」と批判の声も少なくありませんでした。しかし私たちは、“一部”ではなく「市民にとってプラスになること」であれば垣根を設けずに対応することを心がけ、現在は官民一体となった先進的な取組みとして全国から多くの自治体が視察に来ていただけるほどの評価をいただいています。
行政が旗を振るだけでなく街ぐるみで取り組んでいるからこそ、“健康寿命日本一”を実現できるポテンシャルを持つことができていると感じています。

長く住むほど魅力的な“日本で一番の街”

1年半前、市民の提案から生まれた「おたがいさまセンター」も、豊明市の暮らしやすさを支える大切な存在です。たとえば、腕力の衰えで布団を干せない市民がセンターに電話すると、サポーターとしてセンターに登録している市民で布団を干せる人が手伝いに来てくれる。そんな“おたがいさま”の支えあいで、日々の生活をもっと暮らしやすくしてくれるサービスです。さらには、「私こんな人助けたよ」と参加者が周りに話してくれることで、「面白そうだから私もやってみよう」という人が増え、当初の予想以上に活動が横に広がりを見せていることは、私たちとしても嬉しい誤算となっています。
元々農村地域から発展した豊明市は、横のつながりの強い風土もあって、民間企業や市民が主体となり豊明市を“暮らしやすい街”として発展させてくれていると思います。また大学病院では、愛知県内の企業と連携して介護ロボットの開発が進行中。世界的に高齢化が進んでいることもあり、今後生まれる介護系製品の需要増加の波を大きなビジネスチャンスとして捉えています。技術の進歩と高まる需要が市内に新たな産業を生み出して雇用の活性化を促し、今よりもっと“働きやすい街”へ成長する可能性を秘めています。
市民・企業・行政が一体となって、豊明市を安全・安心な“日本で一番の街”にしようと頑張っています。住めば住むほど街の良さを知ることができるのが、豊明市の魅力です。

小浮 正典

豊明市長

昭和44年生まれ、大阪府大阪市出身。平成4年に京都大学経済学部を卒業後、メディアや小売業など様々な業種を経験し、豊明市副市長職を経て、27年に豊明市長に就任。数々の大都会を渡り歩いた一方で「豊明市が一番住みやすい」と語り、同市を“健康寿命日本一”、“日本で一番の街”にするべく様々な取組みを続けている。