市長メッセージ

宇和島っておもしろそう!
興味を持ってもらえるまちに

岡原 文彰

宇和島市長

宇和島に愛着を持ってくれる人を育てていきたい

愛媛県宇和島市は、今から約400年前の江戸時代、仙台藩主・伊達政宗の長男、伊達秀宗が治め、宇和島伊達家10万石として栄えた城下町です。市の中心部に位置する宇和島城は、現存12天守のひとつで、江戸時代に建てられたそのままの姿で現在でも存在感を示しています。
本市の西側は宇和海に面し、複雑に入りくんだリアス式海岸が続いています。穏やかな湾内では魚類養殖が営まれ、また、海を見渡す段々畑では柑橘がたわわに実るなど、海の幸、山の幸に恵まれた温暖で、過ごしやすい地域といえるでしょう。
そんな魅力あふれる本市ですが、一方で、人口が毎年約1100人のペースで減少、という現実があります。そのうち6割は、これまで本市を支えていただいたご高齢の方がお亡くなりになることなどによるもの。残りの4割は主に高校を卒業した若者が、進学や就職のため市外に出ていくことによるものです。
そういった意味では、今後、仕事に対してどのような道すじを作っていけるかは重要です。本市では現在「おかえりプロジェクト」を実施していて、学校を卒業して市外に出て行った後も、連絡を取り合う体制を作っています。いつか戻ってきてくれたらいいなと思いながら。したがって地域全体で人材を募集し、その後もフォローアップしていく「マチリク」に共感しています。ご縁のある人たちが、地域への愛着を育てていけるよう、行政としても積極的に関わっていきたいと思います。

真鯛やみかん、宇和島産の食材を全国の人に知ってもらいたい

2018年の西日本豪雨の際は、未曽有の土砂災害により本市も大きな被害を受けました。柑橘の段々畑が流されてしまうなど、基幹産業が大きなダメージも甚大かつ深刻なものでした。しかし、これをきっかけに再編復旧しよう、災害に強い街にしようと、現在国や県の力をお借りしながら、復旧に取り組んでいます。ただ、圧倒的な工事箇所数により人手不足が否めず、作業が追いついていない部分もあります。
同時に、魚類や真珠養殖、農業など、生産現場では自然のリスクが高まっています。西日本豪雨や昨今の台風の頻発はもちろん、赤潮が発生して魚類や真珠の養殖に悪影響を及ぼす状況もありました。本市は真鯛と真珠の養殖では生産量日本一、みかんの生産でも日本における中心的な産地のひとつです。そのため、ダメージを受けた場合、周辺への影響も大きくなります。ですので、産地の責任として、産業を守っていく必要があります。
コロナ禍の中、現在「#鯛たべよう」というキャンペーンを打ち出して、官民が一体となり全国の小売業者に宇和島産の食材をP Rをしています。今後は柑橘や真珠、出荷シーズンを迎えたブリやじゃこ天のP Rもスタートさせる予定です。もともと民間出身で、水産会社で営業をしていたこともありますので、営業は得意なんです。広報活動によって宇和島市の「今」をお知らせし、様々な方々のお力をお借りしながら、今後とも力強く行動していきたいと思います。

いろいろな人が交わることで、より魅力的なまちへ

2019年11月に新たに決定した、宇和島市のキャッチコピーは「ココロまじわうトコロ」。この「まじわう」という言葉は宇和島を逆から読んだ造語で、いろいろな人が混じり合う、地域ぐるみでフォローし合う、という意味を込めています。
私自身、子どもの頃から宇和島で育ちました。本市の魅力は何といっても人の「あたたかみ」だと思います。これからますます、人と人とのつながりを大切にし、宇和島について何を思い、次の世代に何を残していきたいか、みんなで考えることが必要だと思っています。
そこで今、地元の子どもたちに地域の素晴らしさを知ってもらえるような活動をしています。たとえば、市役所の中に「高校生まちづくり課」を作り、高校生達が中心となってワークショップを開催したり、彼らを含めた地元の青少年が自由に交流できる場所を用意し、気軽に相談できる職員を配置しています。大人が何らかのきっかけを作っていくことで、子どもたちが自主的に活動してくれたら嬉しいですね。やはり、地域で育った人たちが、地域を盛り上げる担い手になってほしい。そして、彼らの活動が報道を通じて「宇和島って楽しそうだね」という雰囲気が伝わって、他の地域からも人が来てくれたら嬉しいです。地元の人と市外から来た人の様々な価値観をミックスして、新たな挑戦をする、そんな仕組みを作っていきたいと考えています。

岡原 文彰

宇和島市長

1970年生まれ。宇和津小学校、城東中学校、宇和島東高等学校、松山大学法学部に進学、卒業。 その後、水産業界に従事し、2013年から2017年まで宇和島市議会議員を務める。 2017年に宇和島市長に就任。好きなスポーツはサッカーとラグビー。