行政

創造的地方創生
その未来を描くのは、
人の力です

菅原 茂

気仙沼市長

すべての始まりは、無謀な挑戦

マチリクの前身であるプロジェクトに参加してから3年が経ちました。現在も新卒採用に挑む企業は増加傾向にありますし、就職した学生たちも地域の一員としてたくましく育ってくれています。期待以上に素晴らしい結果が出ており、大変嬉しく思っていますが、被災地が取り組むプロジェクトとしては決して簡単なものではありませんでした。

すべての始まりは、大震災の翌年7月の社会イノベーター公志園決勝大会の開催。興味深いご提案だったものの、当時の気仙沼市は瓦礫の撤去すらできていない状況でした。私自身を含め、市民全員が不安やストレスを抱えている状況でもありましたので、振り返ってみると公志園の受入れは「1年、早かったかもしれない」と思うこともあります。しかし、この無謀な挑戦が多種多様な団体、企業、個人との接点を生み出し、リクルートとの出会いを生み出すことになったのです。全国で活躍中の方々との交流、外部の優秀な方が描く未来。世襲制が当り前であった地方企業の経営者も、大きな刺激を受けたに違いありません。

復旧から復興へ。復興から創造的復興へ。その未来を描くのは、人の力に他ならない。そんな意識の変化が、“外部からの人材採用”という大海原に漕ぎ出す原動力となったのです。

“同”の創出が、成功の鍵になった

想いだけでは、採用強化を実現することはできません。気仙沼市も当初は、合同説明会のノウハウすら持ち合わせていない状況でした。外部から人材を採用するにあたっては、やりがいやチャンスだけでなく、全国に数多ある企業のなかから“選ばれる企業”になっていく必要があります。

私たちは地元企業やリクルートと議論を重ねながら、現在の大卒採用の実態を学び、研修やフォローアップなどの教育体制、給料などを含めた労働環境の改善にも取り組んでいきました。そして、プロジェクト成功の最大の要因となったのは“同”の創出。私自身、市の職員に「同郷、同級生、同期。ときにライバルであり、ときに友である彼ら彼女らの存在が、日本の組織を強くする隠れたエッセンスではないか」と話すことがあるのですが、今回のプロジェクトにおいてもこの“同”を創出できたことがなによりも大きかったと考えています。

一社一社の採用数は大規模ではないものの、地域全体で見ればその数は十数名にのぼります。私たちは地域全体を巻き込んだ“気仙沼入社同期”を形成。仕事だけでなく生活面もフォローすることで、「気仙沼市で働き、生きる」ことへの安心材料を生み出していきました。

いかに魅力的なまちをつくるか

採用についてはある程度の成果を上げることができましたが、行政としては今以上に新卒採用に取り組む企業を増やしていかなければと考えています。その実現のためには新規事業開発を含めた産業支援を強化しなければなりませんし、経営者や社員を対象としたスキルアップ研修、外部人材との交流を促進する“出会いの場”も創出していかなければなりません。

定着という観点で言えば、気仙沼市そのものを今以上に魅力的なまちにしていく必要もあります。地方は都心に比べて娯楽も商業施設も豊富ではありませんが、都心では希薄になってしまった“人との距離の近さ”という魅力があります。顔が見える距離で、全員がつながっている。誰かのために動いたことが笑顔を生み出し、それがめぐりめぐって自分に返ってくる。職場においても5,000人のなかの1人ではなく、50人のなかの1人です。

現在、私たちは「スローでスマートな気仙沼」を目指して努力を続けていますが、長期的な視点で見れば“地方で生きる魅力”をつくれるかどうかが明暗を分けることになるのは間違いありません。解を見つけることは容易なことではありませんが、みなさんもぜひもう一度「自分のまちの魅力はなにか」と自身に問いかけてみてください。

菅原 茂

気仙沼市長

気仙沼市出身。東京水産大学(現・東京海洋)卒業後、株式会社トーメン(現・豊田通商)へ。オランダ駐在などを経験しUターン、家業の遠洋漁船経営に従事。その後、衆議院議員公設第一秘書として活躍。2010年に市長就任。2度の再選を経て現在に至る。